DIY裁判

本人訴訟を支援するため弁護士が作ったサイト。弁護士なしで裁判をする方法について解説します。

敷金返還請求訴訟

ハウスクリーニング特約に関する裁判例

投稿日:8月 14, 2020 更新日:

最高裁平成17年12月16日判決によって、通常損耗や経年劣化に関する原状回復費用を賃借人の負担とする特約の有効要件が示されました。

最高裁は、通常損耗等による減価の回収は、賃料に含まれているものであり、その原状回復を賃借人負担とすることは、賃借人に予期しない特別の負担を課すこととなるから、少なくとも契約条項において、賃借人が負担することとなる通常損耗の範囲が明示されているか、口頭で説明されて合意が成立しているといえる場合でなければならないとの判断を示しました。

この判例以降、裁判実務で、ハウスクリーニング特約を中心に、どのように判断されているか平成28年から令和1年までの6件の裁判例をご紹介します。

(1)(2)は、特約が認められなかった事例、(3)から(6)は、特約が認められた事例です。特約が明確に合意されていると認定された事例は、いずれも、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書の交付がなされていることが、影響しています。

裁判所は、ハウスクリーニング特約について、本来は負担する必要がないのが原則であるが、その原則に対する例外として特約を締結するものであることが明確に書面に記載されていると、具体的な金額が明記されていない場合でも、特約の成立を認める傾向があります。

しかし、金額が明示されていなければ、賃借人が入居の際にトータルのコストを判断することができません。賃借人が理解できるような説明がされずに、形式的に書類に署名捺印させただけで説明がなされたと判断されてしまう運用にならないことを願います。

(1)
ハウスクリーニング特約について合意が認められないとされた例

裁判年月日 令和元年11月15日 裁判所名 東京地裁

本事例は、旧契約には存在しなかったハウスクリーニング特約が、現契約の締結の際に、下記のような約定が盛り込まれたと言う事例で、賃借人は、郵送で契約書に署名押印を行ったのみであったため、ハウスクリーニング費用に関する特約は、十分な認識と了解をもって契約されたものではないから、無効であると主張しました。

退室時のハウスクリーニングは賃貸人の指定した業者が行い,それに要した費用を賃借人の負担とする

裁判所は、次のように判断し、特約の定めは具体的な定めがないため合意の成立が認められないと判断しました。

旧契約には,退去時のハウスクリーニングについての特段の定めはなく,本件賃貸借契約においても,特約事項にその定めがあるものの,特約事項によっても,ハウスクリーニングをすべき範囲等についての具体的な定めはなかったから,賃貸人と賃借人との間で,通常損耗の場合であっても,賃借人がハウスクリーニング費用を負担するものと明確に合意されていたとは認められない。

このような抽象的な記載では、無効とされる例が多いということがいえます。

(2)
ハウスクリーニング特約について合意が認められないとされた例

裁判年月日 平成31年 2月 4日 裁判所名 前橋簡裁

本事例は、契約書に次の特約の記載があったのですが、裁判所が特約による合意を認めませんでした。

第2条 入居期間中及び契約終了時の室内外の清掃,畳・襖・建具・壁・クロス・硝子・排水の詰まり等またその他の小修理は権利金・更新料の有無にかかわらず賃借人の負担とする。但し,契約終了時のクロスの自然的な汚れ損耗等は賃貸人の負担とする。

裁判所の判断は、次のようなものでした。

第2条の「室内外の清掃」の記載については,どのような汚損状態が発生したときに清掃を行うことになるのかが明らかにされているとはいえず,通常の清掃を行った場合についても賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲に含まれるかが明らかにされているということはできない。また,同条の「畳・襖・建具・壁・クロス・硝子・排水の詰まり等またその他の小修理」については,どのような損耗状態が発生したときに補修・修繕を行うことになるのかが明らかにされているとはいえず,通常損耗分についても賃借人が負担すべき原状回復費用の範囲に含まれるのかが明確に示されているということはできない。

(3)
賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書による説明がなされていることなどからハウスクリーニング特約の合意が認められた事例

裁判年月日 平成29年10月23日 裁判所名 東京地裁

本事例は、契約書に次のような特約があった事例です。

賃借人は,本件契約が終了し賃貸人に本件部屋を返還するときは,専用部分のクリーニングの費用を負担する。

これだけをみると(1)と変わりがないようですが、本事例では、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書の交付がなされていました。

https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/juutaku_seisaku/tintai/310-0-jyuutaku.htm

その説明書において、通常損耗に関する一般原則の説明がなされ、本契約における特約を記載する項目に、退去時に,本件部屋における室内のハウスクリーニング及びエアコンのクリーニングを賃借人の負担で行う旨の記載がされ、賃借人の署名がなされていました。

裁判所は、本契約書と説明書の記載により明確に合意がなされていると判断しました。

この事例の契約書と説明書には、ハウスクリーニング費用の金額についてまでは明確な定めがありませんでしたが、一般原則に対する例外としての特約としてクリーニング費用を賃借人の負担とするとの説明がなされていたため、合意の成立を認めたのでした。

裁判所は次のように、消費者契約法の点からも無効とすべき事情はないとしています。

本件説明書には,本件契約の特約として,退去時に,本件部屋における室内の清掃及びエアコンの清掃を賃借人の負担で行う旨の記載があるものの,前記2のとおり,本件説明書の同記載は,本件契約書で定めた費用の発生する清掃の対象範囲を明確にするものと見ることができるので,本件説明書の同記載から,賃借人の労力により清掃することで足りると見ることもできない。さらに,本件契約書及び本件説明書には具体的な金額が定められていないものの,上記のとおり,本件説明書には,賃借人が費用を負担する清掃の対象範囲が明記されているので,その負担とする額が標準的な金額の範囲内に留まる限り,賃借人が主張するような消費者契約法10条に違反して本件特約が無効というべき事情も見いだせない。

(4)
賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書による説明がなされていることなどからハウスクリーニング特約の合意が認められた事例
ペット飼育を理由とする敷引き特約が有効とされた事例

裁判年月日 平成29年 2月 6日 裁判所名 東京地裁

本事例は、ハウスクリーニング特約のほか、ペットを飼育する場合は、敷金から賃料1ヶ月分を控除するとの特約が存在した事例でした。

ペット特約

ペット飼育細則を遵守するに限り,小型犬又は猫1匹まで飼育することができるものの,飼育の際には賃貸人に必要書類を提出し,賃料の1か月分相当額を敷金として預け入れるものとし,契約時に敷金1か月分は償却する。

ハウスクリーニング特約

本件契約が終了したときは,当該終了日までに貸室内の動産類の撤去及び入居者等を退去させた上で,本件部屋を原状に回復し賃貸人に明け渡さなければならず,賃借人の義務としての原状回復の範囲は本件説明書によるものとする。

本件説明書には,退去時における住宅の損耗等の復旧について,費用負担の一般原則として,経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の復旧について,賃貸人の費用負担で行い,賃借人はその費用を負担しない旨及び賃借人の故意・過失や通常の使用方法に反する使用など賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗等があれば,賃借人は,その復旧費用を負担する旨が記載されていること,その例外としての特約として,賃貸人と賃借人は両者の合意により,退去時における住宅の損耗等の復旧について,上記一般原則と異なる特約を定めることができるとし,本件契約における賃借人の負担内容について,貸室内クリーニング費用,エアコン清掃代,たばこのヤニ,油汚れ等の清掃費用を負担とする旨の記載がされている

賃借人側は、次のように主張して争いましたが、裁判所は、特約を有効としました。

ペットの飼育をすることができる以上,賃料の中にそれによる損耗も含まれている。また,賃貸人は、賃借人に、本件ペット特約についての説明をしておらず,本件ペット特約についての合意をしたとはいえない。そうすると,本件敷金から,本件ペット特約により12万1000円が控除されない。また,賃貸人は,本件クリーニング特約についても説明をしておらず,賃借人との間で,本件クリーニング特約についての合意をしたとはいえない。仮に本件クリーニング特約が締結されているとしても,本件クリーニング費用3万5000円については,通常の使用によって生じたものであり,また,本件ペット特約により補填されている。

裁判所の判断は、(3)と同じく、具体的な金額までは明示されていないものの、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書により特約の説明がなされていることから、通常損耗の範囲である室内清掃費用を例外的に賃借人が負担する特約が明確に合意されていると認定したのでした。

(5)
特約によるハウスクリーニング及びエアコン内部洗浄費用の賃借人負担が認められた事例

裁判年月日 平成28年10月25日 裁判所名 東京地裁

本事例も、以下のような規定が特約に存在し、説明書が交付されていた事例について、ハウスクリーニング費用とエアコンの洗浄費用が賃借人の負担とされた事例です。なお、本事例は、住居兼事務所として賃貸されたものであったことから、消費者契約法の適用はないとされていました。

第1条 退去時の本件建物の室内の賃貸人指定専門業者による清掃費用(クリーニング・消毒・消臭・備品の清掃等)は賃借人の負担とする。

第2条 退去時の本件建物の室内の天井,壁,床のクロス,カーペット,フローリング,クッションフロア,畳及びふすま等の張替補修,塗装及び交換の費用は賃借人の負担とする。ただし,経年劣化,自然損耗は除くものとし,この判断については賃貸人及び賃借人の協議の上とする。

条例に基づく説明書には、次のような記載があり,賃借人が同書面の説明を受けたとの確認の署名がありました。

(ア)賃貸借契約の一般原則によれば,経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の復旧については,賃貸人の費用負担で行い,賃借人はその費用を負担しないが,賃借人の故意又は過失や通常の使用方法に反する使用などの賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗等があれば,賃借人はその復旧費用を負担する。
(イ)賃貸人と賃借人は,両者の合意により,退去時における住宅の損耗等の復旧について,上記(ア)の一般原則とは異なる特約を定めることができ,本件賃貸借契約においては,以下のとおりの特約を定める。
① 退去時の室内クリーニング費用,エアコンクリーニング費用は賃借人の負担とする。
② 当該特約で定めた以外の事項については,賃借人の負担は原則どおりとする。すなわち,経年変化及び通常の使用による住宅の損耗等の復旧については,賃借人はその費用を負担しないが,退去の時,賃借人の故意又は過失や通常の使用方法に反する使用など,賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗等があれば,賃借人がその復旧費用を負担する。

裁判所は以下のように特約を有効と認めました。

ハウスクリーニング費用について,これを賃借人の負担とすることが賃貸借契約書に記載された条項である本件合意において明記されており,かかる本件合意について,通常損耗の回復費用は賃貸人が負担するという一般原則の例外を定めるものであるとの説明が賃借人にされていることから,通常損耗の回復を含むものであっても,賃借人が負担する旨の特約が明確に合意されているということができる。

エアコン洗浄費用については、契約書には規定がありませんでしたが、次のように判断して、説明書の記載から合意の存在を認定しました。

エアコン洗浄費用を賃借人の負担とすることは、契約書には明記されていないが,賃借人は,本件賃貸借契約においては同費用を賃借人が負担するということについて,通常損耗の回復費用は賃貸人が負担するという一般原則の例外として説明を受け,その旨の書面を交付されており,賃借人がこれに異議を述べた形跡はない。したがって,エアコン内部洗浄が通常損耗の回復を含むものであっても,賃借人がこれを負担する旨の特約が明確に合意されているということができる。

(6)
「室内クリーニング費用」を賃借人の負担とする特約がある場合に、エアコン洗浄費用は「室内クリーニング」に含まれないとされた事例

裁判年月日 平成28年 5月13日 裁判所名 東京地裁

室内クリーニング費用を賃借人が負担するとの特約が有効とされる場合でも、その中にエアコン洗浄費用を含むものとは解釈できないとされないとされた事例です。裁判所は次のように判断しました。

本件契約に係る更新契約書,賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書及び重要事項説明書をみても,賃借人が本件建物を明け渡す際にエアコン清掃費用を負担すべきことの根拠となる記載は見当たらない。
賃貸人は,エアコン清掃は本件特約にいう「室内クリーニング」に含まれると主張するが,一般に「室内」のクリーニングというときに,それが「エアコン」の清掃を含むと解すべきことが明確であるとはいえない。実際に,賃貸人及び賃借人がそれぞれ提出する見積書(甲2,3,5,7)においても,「室内クリーニング」とは,サッシ,水廻り及び床を対象とするものとされており,「エアコン清掃」は,これとは別に見積りがされている。
したがって,賃貸人と賃借人との間に,賃借人が本件建物を明け渡す際にエアコン清掃費用を負担する旨の合意があると認めることはできない。

その他の補修部位別の裁判例
 (1)ハウスクリーニング特約
 (2)壁、クロス
 (3)床、フローリング、クッションフロア、畳
 (4)建具、ドア、襖、窓など
 (5)キッチン、ユニットバス

-敷金返還請求訴訟

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

クロス・壁の原状回復に関する裁判例

クロスの張り替え費用については、通常損耗の範囲か、耐用年数の経過による減価償却の方法などが問題となります。 裁判例を見ると、必ずしもガイドラインに従った判断がされているわけではありませんが、減価償却が …

(本人訴訟)敷金返還 訴状の作成と提出その2

請求の原因(紛争の要点) 請求の原因としては、裁判を起こすに至った理由や請求権の根拠となる事実関係の主張を記載します。 現在どんな状況であるかを裁判官に分かってもらうためには、自分が言いたいことや、相 …

建具(ドア、引き戸、ふすま)などの原状回復に関する裁判例

建具とは、ドアや引き戸などの部材です。鋼製の窓などの建具は、サッシと呼ばれたりします。ガイドラインでは、柱も同じカテゴリーで分類しています。ガイドラインでは、これらの部材は、建物の存続中、長期間使用さ …

賃貸借契約の退去の通知の方法(書式あり)

退去手続きの第一段階は、退去の連絡です。これを賃貸借契約の「解約の申し入れ」といいます。中途解約もほぼ同義です。 具体的には、退去届の提出という行為が解約申し入れを意味します。 契約上、1ヶ月前に解約 …

敷金返還請求に必要な重要判例と基礎知識

1 敷金とは 敷金とは「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」とされます( …