賃貸人から示された精算書をみると、さまざまな原状回復費用が控除されています。
賃借人側からの重要な反論パターンは以下の5つです。
1 通常損耗、経年劣化である
2 もともと存在した損傷である
3 耐用年数を経過している
4 補習範囲が過大である
5 不当に高額に見積もられている。グレードアップになる。
賃貸人から送られてきた精算書の現状回復に関する項目を、この反論パターンに当てはめて、支払う必要があるものかどうか検討していきましょう。
1 通常損耗、経年劣化
原状回復の範囲については、2020年4月に施行された改正民法621条に、明確な規定が置かれました。これは、これまでの判例で作られてきたルールを明文化するものであり、改正法が適用になるかどうかによって、実際の処理は変わりません。
「賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
この規定のカッコ書きの部分が、第1の反論パターンの根拠です。
たとえば、壁のクロスや畳が退色したり、日焼けにより変色していくことは、普通に居室を使用している限り、誰が使用していても発生します。これが経年による劣化です。また、壁に画鋲を刺してカレンダーやポスターを貼ること、フローリングに家具を置くこと、エアコンや冷蔵庫を設置することなど、人が生活をする上で、普通の行為により発生する損傷(壁に穴が空く、家具を置いた部分が凹む、エアコンを固定するためにビスの穴があくことなど)が、通常の使用によって生じた損耗(通常損耗)です。
このような、通常損耗、経年劣化による損傷は、賃借人が負担する原状回復義務から除外されます。
裏を返せば、通常とは言えない使用方法や注意不足によって生じたもの、故意や過失によって生じた破損は、賃借人の負担となります。
反論パターン1による反論の記載例は次のとおりです。
反論記載例
例1 被告の主張する原状回復費用のうち「クロスの張り替え費用」は、自然の退色や日焼けによる変色がある程度で、これは経年劣化によるものであるから、原告が負担すべきものに当たらない。
例2 「クロスの張り替え費用」について、被告は、画鋲穴の存在を指摘するが、壁に画鋲を刺すという使用方法は、社会的相当性のある通常の使用による損耗であり、賃借人の負担とすべきものに当たらない。
例3 被告は、家具を置いていた部分に、壁の日焼けが目立つ形で生じている点を指摘するが、いわゆる原状回復ガイドラインにおいても、ポスター等の掲示による日焼けは通常損耗とされており、家具の設置という使用方法も、必然的なものと評価されていることからすると、通常損耗に該当することは明らかである。
上記は、クロスの記載例ですが、様々な部位について、賃借人の負担となるかどうかを、ガイドラインにまとめたものが、国土交通省の現状回復ガイドラインです。
国土交通省ウェブサイト「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
詳しくは、上記リンクから、PDFファイルを開いて検索をかけてもらったり、googleなどで「床 凹み 原状回復」などのキーワードで検索してみることで、様々な情報が手に入ります。
通常損耗と言えるかどうか悩ましい場合、通常損耗かどうかではなく、3、4、5などの観点からも考えてみましょう。とくに、耐用年数を経過しているかは、有効な反論となることが多いポイントです。
特約がある場合
通常損耗等に関する原則は、以上の通りですが、例外的に、通常損耗や経年劣化の原状回復費用を賃借人が負担するとの特約が契約書で定められている場合があります。このような特約も、一定の場合有効となります。この点を判断したのが、最高裁判所の 平成17年12月16日第二小法廷判決 です。これについては、別の記事で詳しく説明します。
実は、この判決自体は、賃借人側の勝訴判決なのですが、通常損耗等の補修を賃借人の負担とする特約が有効となる場合の要件を示したものでした。この判例の示された後、判例を意識した契約書を用意されるようになっていますので、注意が必要です。
2 もともと存在した損傷であるか
原状回復とは、原状つまり元の状態に戻すと言う意味ですから、もともと存在していた傷まで直す義務はありません。
しかし、証拠上、もともと存在していた傷か否か、判断することが難しい場合があります。そのような場合、賃貸人側に立証責任があります。
したがって、賃貸人側も賃借人側も、もともと存在した傷かどうか証拠を提出できない場合は、賃貸人側の負担となります。
最近では、入居段階で現状確認リストを作成し、傷や不具合の有無を確認することが多くなっています。したがって、この時に確認され、記録に取られていない傷は、もともとあった傷ではないと判断されることになります。したがって、賃借人側としては、入居後に気づいた破損箇所があれば、面倒がらずに、連絡しておかないと、濡れ衣を着せられることになります。
入居時点での現状確認が行われていない場合、自分がつけた傷でないものについては、証拠がないからといって諦めずに、主張しましょう。
裁判例においても、物件状況及び原状回復確認リストの作成がされていなかった事例で、このような措置が不十分だったことによる不利益は賃貸人が負担すべきであるとして、賃借人の主張が認められた事例が存在します(東京地裁平成31年1月18日判決)。
反論記載例
例1
被告の主張する原状回復費用のうち「玄関の天井の穴」は、原告の入居時から存在したものであり、原告によるものではない。この損傷が原告によるものであると主張するのであれば、入居前に損傷が存在しなかったものであることを示す証拠が提出されるべきである。
例2
原告は、サッシの窓枠の黒ずみについて、もともと存在しなかった汚損であると主張する。しかしながら、原告の提出する写真は、いつ撮影されたものか不明である。本物件を撮影したものであるかも明らかではないため、引き渡しの時にもともと存在しなかったものであることの証拠とはならない。
例3
原状回復ガイドラインでは、入退去時において、物件状況及び原状回復確認リストの作成が求められているところ、被告はこれを行わなかった。このような措置を怠ったことによる不利益は、立証責任を負う賃貸人が負担すべきであって、確たる証拠なしに、賃借人の負担とすることは許されない。
3 耐用年数を経過している
そして、次に重要な要素は、耐用年数を考慮して負担額が決まる、ということです。
たとえば、クロスを損傷してしまったという場合、クロスの張り替え費用の負担をする必要があります。しかし、そのクロスがすでに10年以上経過しており、いずれにしても張り替えをすべき時期を経過していたのであれば、賃借人が負担すべき金額はゼロであるということができます。
詳しくは次の記事で説明します。
補修部位別の裁判例
(1)ハウスクリーニング特約
(2)壁、クロス
(3)床、フローリング、クッションフロア、畳
(4)建具、ドア、襖、窓など
(5)キッチン、ユニットバス