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敷金返還請求訴訟

敷金返還請求に必要な重要判例と基礎知識

投稿日:8月 8, 2020 更新日:

1 敷金とは

敷金とは「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」とされます(民法622条の2)。

この規定は、民法改正により、新設されたものです。ただし、改正以前も同様の解釈がなされてきたので、実質的な変更はありません。

2 敷金の返還額

返還される敷金は、未払賃料や原状回復費用がある場合は、その金額を控除した額です(民法622条の2)。

ハウスクリーニング費用や敷引き特約がある場合、これらの費用も、敷金から控除されることになります。ただし、このような費用は、契約で明示されている必要があります。

特約の有効性は、裁判例でも結論が分かれます。

契約書の記載の状況などによって結論が異なります。

最高裁判例が下されているため、有効とされている場合もあります。

3 原状回復

原則

1 通常損耗、経年劣化の原状回復費用は、賃借人の負担とならない。
2 賃借人の故意過失により発生させたものは、賃借人の負担となる。

これは、実務的に確立していた解釈ですが、改正民法で621条に明文化されました。

例外

通常損耗等の原状回復費用を賃借人とする特約が存在する場合、判例の要件を満たすものは有効である。

それが以下の判例です。

4 敷金返還請求に関する重要判例

(1) 最高裁判決(平成17年12月16日判決)
通常損耗や経年劣化についての原状回復費用を賃借人が負担する旨の特約が成立していないとされた事案

本判決は、結論的に、通常損耗補修特約が有効に成立しているとはいえないと判断した事案ですが、逆に、どのような場合に有効であるのかを示すものでした。その結果、最高裁判決以降、判例を踏まえた有効な通常損耗補修特約が定められることが多くなっています。

最高裁の判断は以下の通りです。

通常損耗等による減価の回収は、賃料に含まれているものであるから、その原状回復を賃借人負担とすることは、賃借人に予期しない特別の負担を課すこととなるから、少なくとも契約条項において、賃借人が負担することとなる通常損耗の範囲が明示されているか、口頭で説明されて合意が成立しているといえる場合でなければならない。

この、最高裁のいう“契約書において明示されている”という要件は、厳格に要求されます。

たとえば、次のような条項は無効となる可能性が高い。

第●条 賃借人が本物件を明け渡す場合のハウスクリーニング費用は、賃借人の負担とします。

以下の程度に、具体的である必要がある。ただし、金額の明示がない場合でも有効とされる事例も少なくない。

第●条 建物及び設備等の通常損耗及び経年劣化に関する原状回復費用は、賃貸人の負担となることが一般原則ですが、その例外として、本物件については、賃借人の故意または過失の有無及び本物件の明渡時の状況にかかわらず、賃借人は、室内全般のハウスクリーニング費用として、30,000円(税別)を負担するものとします。

最高裁判例の事例

判例の事案の契約書には、修繕費負担区分表に基づいて修繕費を負担するという条項が存在しました。その修繕費負担区分表には、「汚損(手垢の汚れ、たばこの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」「生活することによる変色、汚損、破損」が、賃借人の負担とされていました。

この表現は、通常損耗を含むと読むことも可能と思われます。ところが、最高裁は、このような記載では、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえず、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないといわざるをえないと判断したのです。

このことからすると、通常損耗を賃借人の負担とする特約は、「原則的には負担する必要の無いものであること」や「通常損耗、経年劣化を対象とすること」について、より直接的な表現がなされている必要があり、可能な限り金額の根拠や範囲、程度まで明示されている必要があると言えます。

このように、最高裁は、通常損耗の補修費用が原則的に賃借人の負担となるものではないことを強調し、特約の有効要件は厳しい基準を示す一方で、合意が明確に定められた結果、賃借人にとって予期しない負担とならない限りは、特約が有効となることを示したものとして、賃借人にとっても賃貸人にとっても、重要な判決です。

賃貸借契約書というのは、定型のひな形が使用されることが多く、交渉力がなく、情報格差のある賃借人にとって、定型で印字されている契約書の内容変更を申出ることは容易ではありません。

(2) 敷金から一定額を控除して返還するという敷引特約が有効であると判断した事例(最高裁平成23年3月24日判決、最高裁平成23年7月12日判決)

敷引特約が明確に定められている限りは、よほど高額でない限りは消費者契約法違反にもならず、有効であると判断した判例です。

したがって、本判決以降、特に高額ではない場合、敷引特約の有効性を争うことはほとんど不可能な状況です。

本判決は、(1)の判決と異なり、消費者契約法の適用が争点になったことがポイントです。
消費者契約法10条は、民法などによる一般的な規定に比べ、消費者に不利な内容で、信義則に反し、消費者を一方的に害するものは、無効であるという法律です。

敷金は、原則的には、理由なく控除されるものではありませんから、一定額を控除するという敷引特約は、一般的な規定に比べて消費者に不利な内容であるといえます。

しかし、最高裁は、敷引特約が、明確に定められている限りは、賃借人は、契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上で契約締結をしているため、特に不意打ちになるものではないことから基本的に有効であるとし、月額賃料の3.5倍程度にとどまる限り、 信義則に反して被上告人の利益を一方的に害するものということはできず、消費者契約法10条により無効であるということはできない と判断しました。

ちなみに、この敷引特約に関する平成23年3月と7月の2つの最高裁判決には、少し違いがありました。

3月判決では、敷引特約の趣旨について以下のように、通常損耗の補修にあてるべき費用として控除されるものであるとの判示があったのに、7月判決ではこのような言及がなかったのです。

「居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限り、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させ る趣旨を含むものというべきである。」

3月判決を重視すると、敷引特約がある場合には、そこで通常損耗の補修に充てるべき費用が授受されているため、重ねて通常損耗の原状回復費用の負担をさせられることはないとの主張ができそうですが、7月判決では、このような限定がないため、敷引特約と通常損耗補修特約の併存も認められると解釈できます。

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