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敷金返還請求訴訟

クロス・壁の原状回復に関する裁判例

投稿日:8月 14, 2020 更新日:

クロスの張り替え費用については、通常損耗の範囲か、耐用年数の経過による減価償却の方法などが問題となります。

裁判例を見ると、必ずしもガイドラインに従った判断がされているわけではありませんが、減価償却が考慮されている裁判例が多いです。

耐用年数6年が経過している事案の裁判例をまとめると、ガイドラインと同様にゼロとしている例もある一方で、一定額の残存価値を認めている裁判例も存在します。特に高額の残存価値が認められた(5)は汚損状況が著しかった事案のようであり、単純に耐用年数の経過だけでなく、賃借人側の過失の程度も影響しているようです。

(2)前橋簡裁平成31年2月4日 ゼロ

(3)東京地裁平成30年10月10日 30%

(4)東京地裁平成30年6月28日 ゼロ

(5)東京地裁平成28年12月20日 50%

(6)東京地裁平成28年8月19日 10%

(7)東京地裁平成28年9月1日 10%

6年未満の経過年数を考慮したのは、(8)の事例で、ガイドラインに従った計算式により残存価格を算定しています。

クロスの張り替え以外には、下地やモルタルの陥没や抉れるような損傷がある事案では、(1)(3)(7)の裁判例が、クロスと異なり、減価償却をせず下地の補修費用を賃借人の負担としています。

クロスではなく、塗装について判断した事例として(6)があり、クロスと同様の減価償却を認めました。

なお、耐用年数の経過による減価償却分は賃借人の負担とならないと言う点について、材料費は償却するが、人件費や工賃は償却しないと言う解説がなされていることがありますが、そのような判断をした裁判例はないようです。上記のいずれの裁判例も、材料費も人件費も含む施工費用を償却の対象としています。

(1)
壁の損傷が壁紙のみでなく下地まで損傷している事例の具体的判断例

裁判年月日 令和元年11月15日 裁判所名 東京地裁

当事者は、以下のように主張しました。

賃貸人

壁の損傷は,壁紙が剥がれた程度のものではなく,壁面のモルタル部分にも穴が開いており,壁面の修復を含めた修繕が必要な損耗である。これらは,特別損耗に当たるから,賃借人に原状回復義務がある。

賃借人

賃貸人の主張する壁の穴については,壁紙がはがれた程度であり,壁紙を貼り替えれば済むものである。そして,賃借人の入居期間中に,壁紙の減価償却期間である6年を経過しているため,壁紙の貼替費用は,全額賃貸人が負担すべきである。

裁判所は、以下のように判断しました。

賃借人は,損傷の程度や原状回復に必要な工事の程度について,壁の損傷は,壁紙の剥がれ程度に過ぎないと主張する。しかし,証拠によれば,壁の損傷の程度が,壁紙の剥がれ程度に過ぎないものとは認められない。

裁判所が認めた原状回復費用は、壁の補修代金12,000円です。

裁判所は、耐用年数の経過を考慮していません。これは、クロスの張り替え費用ではなく、壁の穴の補修費用を請求していたためです。

(2)
賃借人の過失を認めたが、耐用年数を経過しているので賃借人の負担をゼロとした例

裁判年月日 平成31年 2月 4日 裁判所名 前橋簡裁 

裁判所の判断は次の通りです。

壁クロスには、たばこのヤニ,換気不足に基づくカビの発生等による著しい汚れがあり,これらは通常の使用によるものとは認められず,賃借人の善管注意義務違反によるものと認めるのが相当である。そうすると,この張替費用は一定の割合で賃借人が負担すべきものと解される。しかし,8年以上の居住による減価償却を考慮すると,クロスの残存価値はゼロというべきである。したがって,賃借人がクロスの総張替費用13万9200円を負担すべき理由はない。

(3)
耐用年数6年を経過したクロスの補修費用の一部を賃借人に負担させた事例

裁判年月日 平成30年10月10日 裁判所名 東京地裁 

本物件の破損の状況は、廊下やダイニングキッチンの壁等に,配線カバー等が取り付けられており,和室の壁クロスには穴が空き,洋室の壁クロスにも汚れがあるというものでした。

賃貸人は、業者の工事見積書に基づいて以下の金額を敷金から控除するとの主張をしました。

賃借人は、6年の耐用年数を経過しているので、賃借人の負担はゼロであると反論しました。

① DK壁一部クロス貼り替え 1万8040円(1100円×16.4m2
② 洋室壁一部クロス貼り替え 4950円(1100円×4.5m2
③ 和室壁一部クロス貼り替え 8800円(1100円×8m2
④ 玄関・廊下 天井クロス貼り替え 4730円(1100円×4.3m2
⑤ 玄関・廊下 壁一部クロス貼り替え 1万2760円(1100円×11.6m2
⑥ 上記クロス剥し及び下地補修費 4000円

裁判所は、この点について以下のように判断しました。

ダイニングキッチン,和室,洋室,玄関・廊下のクロスについても,配線カバー等が付けられていたり,穴や汚れが特に目立つ箇所があるなど,通常の使用を超えるような使用による損耗(特別損耗)があり,その補修が必要であったと認められるものの,クロスの貼り替えに関しては,当初の設置時からの経年変化による損耗分については,貸主である被控訴人らにおいて負担すべきであるから,クロスの損耗状況,経過年数等を考慮し,本件見積書における見積金額の30%が,賃借人の負担となる。
この点に関し,賃借人は,クロスの設置から6年以上が経過していることから,借主の負担割合は0とすべきである旨主張するが,6年経過すればクロスを取り替えることが当然であるとまではいえず,上記の限度で経年変化による損耗分を算出するのが相当である。

(4)
 壁の塗装について耐用年数を経過しているとして賃借人の負担をゼロとした事例

裁判年月日 平成30年 6月28日 裁判所名 東京地裁

本事例は、業務用の鉄骨造りの建物であり、一部が倉庫として車両の出入りができる構造の建物の賃貸借契約に関するものでした。

裁判所は、事務所内の壁面の汚損について、通常損耗を超えるものであるかどうか具体的な認定をしていませんが、以下のように、耐用年数の経過を考慮して賃借人の負担を認めませんでした。

本件事務所内の壁面が,賃借人の使用期間中に,一定程度汚損したことが認められる。
しかし,本件建物の賃貸借期間は約6年間に及ぶものである。事業用よりも劣化の程度が緩やかであると考えられる住宅についてですら,ガイドラインにおいて,床や壁のクロスは6年で残存価値1円となるような直線を想定するとしていることに照らしても,事務所内外の壁について塗装を行うことが原状回復義務の内容となるということはできない。

(5)
クロスの汚損の状況が著しいとして、耐用年数6年を経過していても一部を賃借人の負担とした事例

裁判年月日 平成28年12月20日 裁判所名 東京地裁

本事例は、耐用年数を経過していても賃借人に補修費用の負担が認められる場合があるとするガイドラインの記載をを引用し、具体的に、賃借人に一部の費用負担を認めた事例です。

裁判所の認定した金額の根拠は以下の通りです。

なお、賃借人の負担額は、賃貸人の主張額と同じて、実際にかかった費用の半額を認めた形です。

1階台所の壁クロスの張替えには,少なくとも1万7000円程度の費用がかかることが認められる。そして,1階台所の壁クロスの張替えによって,賃借人が善管注意義務を尽くしていた場合よりも良い状態になり得ることを考慮しても,上記費用のうち8500円(税抜)を原状回復義務の不履行に基づく原状回復費用として認めることは相当である。
賃借人は,ガイドラインによれば,壁クロスの耐用年数は6年であり,本件物件の明渡しの時点においてその価値は0円又は1円であるから,賃借人が負担すべき費用は,0円又は1円であると主張するが,ハウスクリーニングと同様に,仮に耐用年数を経過していたとしても,賃借人が善管注意義務を尽くしていれば,壁クロスの張替えを行うことが必須とは解されないから,上記主張は採用できない。なお,ガイドラインによっても,「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても,賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく,そのため,経過年数を超えた設備等であっても,修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る」とされているところである。

(6)
居室内の壁、天井の塗装について耐用年数を考慮して残存価値を塗装費用の10%みた上で、その半額を賃借人の負担とした事例

裁判年月日 平成28年 8月19日 裁判所名 東京地裁

ガイドラインでは、壁のクロスについて耐用年数を6年とする記載がありますが、本事例は、塗装に関しても同様の減価償却を認めたものです。ガイドラインでは、耐用年数の経過によって、残存価値を1円としますが、裁判所は、次のように述べて10%の残存価値を認めました。

賃貸人は,本件居室の壁及び天井の塗装につき,全面的な塗り替えが必要であることを前提として,賃借人がその費用の50%を負担すべきであると主張するが,そもそも,本件アパートが昭和47年築の建物であり,築後約42年が経過していること,賃借人が本件居室を約12年間にわたって賃借していたこと等からすると,通常使用がされていた場合の本件居室の塗装の残存価値は,塗装の再施工に要する費用(10万5600円)の10%と見るのが相当であるところ,本件居室内部の写真からうかがわれる賃借人の使用状況に照らすと,その半分である5%について賃借人の負担とする。

(7)
ボードの破損を伴うクロスの損傷について賃借人の負担額を認定した事例

裁判年月日 平成28年 9月 1日 裁判所名 東京地裁

ガイドラインでは、クロスについて6年の耐用年数により減価償却するものとしていますが、下地のボードについては、特に減価償却をするような記載はありません。ボードはクロスと異なり、建物が存続する間に一定期間ごとに交換することが想定されておらず、長期で使用されるものであるためです。

裁判所は、ボードが一部陥没している壁の損傷について以下のように判断して賃借人の負担部分を認定しました。

本件建物の複数の箇所のクロスボードが破損・陥没していることを認めることができるところ、賃借人は自身の過失を認めている。賃貸人は、上記ボードの補修費用として1万8000円を支払ったことが認められる。賃借人は、1万8000円との額は高額にすぎると主張するが、破損箇所が複数にわたることに加え、中には長径約15cmにわたって大きく陥没している箇所もあることなど、その損傷の程度にも照らせば、1万8000円との補修費用は特段高額であるとはいえない。

クロスについて、賃借人は、入居期間8年の経過によって減価償却していると主張しましたが、裁判所は、施工費用の1割の負担を認めました。

賃借人は、本件建物のクロスについて、上記損傷等がなくとも、賃借人が退去した後は、全面的に張り替えなければならない状態であったと主張するが、損傷のない箇所のクロスは、賃貸住宅の設備として引き続き使用することに特段支障がないものと認められる。そうすると、上記損耗がなければ上記クロスが本来機能していた状態まで戻すための費用については、賃借人が負担すべきであるということができる。
もっとも、賃借人が本件建物の引渡しを受けた平成19年5月26日から本件建物を明け渡した平成27年5月2日まで約8年が経過しており、この間に相当の経年劣化が生じていたことが推認されることからすると、賃借人が負担すべき費用は、せいぜい、賃貸人の請求する張り替え費用である4万4100円の1割である4410円を超えるものではない。

(8)
クロスの張り替え工事について耐用年数の経過を考慮した賃借人負担額が算定された事例

裁判年月日 平成28年 5月13日 裁判所名 東京地裁

クロスの張り替え工事について、ガイドラインに沿って、契約期間を基準に減価償却分を賃貸人負担として、賃借人負担額を算定した事案です。この点について、裁判所は次のように判示しました。

 賃借人は,壁クロス張り替え・下地処理費用について,相当額は1m2当たり1100円であると主張し,これに沿う見積書を提出するのに対し,賃貸人は,その費用の相当額は1m2当たり1200円であると主張し,これに沿う見積書を提出するが,前記1と同様に,賃借人提出の見積書の内容に特段不合理なところはなく,壁クロス張り替え・下地処理にその見積額を超える費用を要すると認めるには足りないから,その費用は1m2当たり1100円の限度で認めるのが相当である。
次に,賃借人は,壁クロスの残存価値が6年間(72か月)で1円となることを前提に,本件契約期間である3年10か月(46か月)間の自然摩耗による価値の減少分(46÷72=約64%)については,減価償却分として賃貸人が負担すべきであると主張しているところ,賃貸人提出の見積書においても,壁クロス張替え・下地処理費用については,賃借人の負担を35%、賃貸人の負担を65%として計上されていることに照らしても,賃借人の上記主張には合理性があるといえる。

その他の補修部位別の裁判例
 (1)ハウスクリーニング特約
 (2)壁、クロス
 (3)床、フローリング、クッションフロア、畳
 (4)建具、ドア、襖、窓など
 (5)キッチン、ユニットバス

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