本記事では、少額訴訟の利用を前提とした、敷金返還請求のための訴状作成と提出の方法について、実践的に説明をします。
1 ダウンロードできる少額訴訟用の訴状の書式・ひな形
訴状の書式は、以下のリンクのような、裁判所のウェブサイトでダウンロードできるものがありますので、それを使用してもOKですが、訴状は、同じものを3部作りますから、ワードファイルで編集できる方が便利です。
https://www.courts.go.jp/saiban/syosiki/syosiki_minzisosyou/syosiki_02_04/index.html
https://www.courts.go.jp/chiba/saiban/tetuzuki/l4/Vcms4_00000322.html
下記の書式は、弁護士が代理人として作成する用の書式で、かっちりした書式です。
https://shop.gyosei.jp/contents/cs/info/3100518/html/minso0300.html
どれを使っても構いませんが、当サイトオリジナルで、本人訴訟用のワードファイルの書式を作ったので、是非利用してみて下さい。
https://diysaiban.com/wp-content/uploads/2020/08/敷金返還請求訴状(少額訴訟).docx
2 タイトル、日付、管轄裁判所
まず、訴状の冒頭は、次のような記載で始まります。
訴 状
令和2年7月7日
名古屋簡易裁判所 御中
タイトルは、「訴状」です。少額訴訟でも「訴状」です。
日付は、提出する日の日付を入れましょう。
郵送で提出するときは、投函日でOKです。
どこの裁判所に提出するか。
これが裁判所の管轄の問題です。
管轄に関する基本はこちらの記事でも説明した通りです。
敷金返還請求訴訟の場合は次のようになります。
(1)契約書に「専属的合意管轄」の規定がある場合
賃貸借契約書では、裁判所の管轄に関する規定がある場合が多いです。
裁判管轄の条項は、たいてい契約条項の最後の方におかれます。
次のような「専属的」な合意管轄である場合、記載されている裁判所に提起することが基本です。
第24条(裁判管轄)
本契約に関する紛争は、本物件の所在地を管轄する裁判所を第1審の専属的合意管轄裁判所とする。
裁判管轄の規定はあっても、次のような規定で、専属的とされていないのであれば、他の裁判所で訴訟提起することができます。ただし、(2)で説明する民事訴訟法で認められる管轄裁判所に提訴する必要があります。
第24条(裁判管轄)
本契約に関する紛争は、本物件の所在地を管轄する裁判所を第1審の合意管轄裁判所とする。
(2)管轄の定めがない、管轄の定めがあるが、専属的合意管轄ではない。
この場合、敷金返還請求訴訟を、自分の住所で提起することができます。
その理屈を簡単に説明します。
民事訴訟方は、義務履行地に裁判管轄が認めています。
そして、金銭債務である敷金返還請求権は、持参債務の原則により、賃貸人が賃借人の住所まで持参して支払うことになります。そのため、賃借人の住所が、義務履行地となりますので、自分の住所に管轄が認められる場合が多いのです。
自分の転居先の住所で訴訟提起することも許されます。
これは少額訴訟でも同じです。
少額訴訟では、相手方の住所地でやらなければならないという解説がされていることがありますが、そんなことはありません。
自分の住所の管轄の裁判所がどこになるかを調べるには、次のリンクの裁判所のウェブサイトから調べてください。
https://www.courts.go.jp/saiban/tetuzuki/kankatu/index.html
3 当事者の氏名/連絡先
当事者の氏名や電話番号などの基本の記載例は次の通りです。
訴 状
令和2年7月2日
豊橋簡易裁判所 御中
原告 住 所 〒000-0000
愛知県豊橋市○○11-111(送達場所)
氏 名 山田 一郎 印
電 話 000-000-0000
FAX 000-000-0000
被告 住 所 〒000-0001
愛知県津島市○○20-222
名 称 株式会社○○
代表者 代表取締役 川田 次郎
電 話 222-222-2222
FAX 333-333-3333
この記載例は、少額訴訟の使用を念頭にしています。
(一般的な訴状の場合には、通常の記載方法を説明したこちらの記事もご確認下さい。)
被告が会社である場合は、代表者の肩書きと氏名を記載します。
会社の住所は、会社の法人登記上の本店所在地です。
会社が当事者となる場合は、その会社の法人登記の履歴事項証明書等を添付資料として提出する必要がありますので、取得をして下さい。当事者の記載は、法人登記の住所や代表者の氏名や肩書に従って記載します。代表取締役が複数いる場合は、一番最初に記載のある人を記載すれば問題ありません。
(送達場所)という記載の意味について説明します。
民事裁判では、自分自身に対する書類の送達先を指定することができます。
たとえば、職場や家族の住所を送達場所として指定することができます。送達先の指定が無ければ、住所に送達されます。上記の記載例の場合、自分自身の住所を送達場所として指定していることになります。前記の通り、送達場所の指定をしなければ、自身の住所に送達されますので、この記載だと、確認的な記載という意味しかありません。
送達場所を指定したい場合は、次のように記載しましょう。
原告 住 所 〒000-0000
愛知県豊橋市○○11-111
〒000-0000
愛知県豊橋市○○22-222(送達場所)
氏 名 山田 一郎 印
電 話 000-000-0000
FAX 000-000-0000
4 少額訴訟を利用することの記載
少額訴訟を利用する場合は、そのことを訴状に記載します。
具体的には、以下のように記載します。なお、回数の記載をするのは、少額訴訟手続きは1年に10回までと決められているからです。
少額訴訟による審理及び裁判を求めます。本年、この裁判所において少額訴訟による審理及び裁判を求めるのは1回目です。
5 事件名・訴訟物の価格・収入印紙額
事件名は、「敷金返還請求事件」とします。
訴訟物の価格とは、ここでは、請求額と考えて下さい。ただし、遅延損害金を考慮する必要はありません。請求する金額が18万円とその遅延損害金なのであれば、訴訟物の価格は18万円です。
訴状に貼付する収入印紙の金額を記載します。
これは請求金額に応じて決まります。1円~60万円までは以下のとおりです。
10万円まで 1000円 20万円まで 2000円 30万円まで 3000円
40万円まで 4000円 50万円まで 5000円 60万円まで 6000円
したがって、18万円の請求の場合は、2000円です。
印紙は、収入印紙です。
貼り方についても説明しましょう。
訴状は、1通プラス被告の数分提出しますが、印紙を貼り付けるのは、正本として提出する1通のみです。貼り付ける場所は、どこでも構いませんが、訴状の1ページ目の余白に貼ると良いです。心配であれば、張らずに持参して、裁判所の受付の指示に従うのがおすすめです。
訴状の記載例は次のような形になります。
敷金返還請求事件
訴訟物の価格 18万円
貼用印紙額 2000円
6 請求の趣旨
請求の趣旨とは、原告が求める判決の内容です。
敷金返還請求の場合は、次のようになります。
1 被告は、原告に対し、180,000円及びこれに対する令和2年6月1日から支払済みまで、年3%の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言を求める。
順に説明します。
まず、上記の例で、「180,000円」の部分が、返還を求める敷金の金額です。差し入れている敷金満額でもいいですし、差し引かれてもやむを得ないと思う部分があれば、控除した額を記載します。
次に、上記の例で、「令和2年6月1日から支払済みまで」としている部分は、遅延損害金の計算の起算日です。これをいつから請求するのが良いのか、ちょっと悩みどころですね。
これは、敷金の返還期日はいつか、という問題です。
例えば、100万円借りて、返済日が4月30日だとすると、履行遅滞は、その翌日の5月1日にはじまりますので、5月1日からの遅延損害金を請求することができます。
敷金の場合、「返済日」いいかえると「支払期限」「弁済期日」はいつになるのでしょうか。
この問題について、大阪高等裁判所平成21年6月12日判決は、敷金は、物件の退去日に発生して、直ちに期限が到来し、その翌日から遅滞となると判断しました(参考 https://www.retio.or.jp/info/pdf/78/78_10.pdf )。
しかし、契約書で、敷金の返還時期が退去後1ヶ月後などと明記されている場合は、契約書の支払い期限の翌日から遅延損害金を請求できることになります。
例えば、「退去後1ヶ月後」となっているとすると、4月25日に退去したのであれば、その翌日26日から起算し、5月25日が支払期限となり、5月26日から遅滞となります。
上記の例で翌日26日から起算するとしたのは、民法140条により、初日不参入という原則があるためです。1ヶ月後が30日後なのか、31日後なのかについては、民法143条が、月や年の初日から数えない場合は、最後の月、年の記載日に応答する日の前日で満了すると定めているため、1月15日から起算した1ヶ月後は、2月15日の前日である2月14日の午後12時をもって期間が満了します。ちなみに、31日から起算するときに、最後の月が30日までしかない場合、その月の末日で満了するという規定もあります(民法143条2項但書)。
ちなみに、標準契約書では、敷金の返還時期は、「遅滞なく」としか規定されていません。この場合、前期の大阪高裁の判断に従って、退去日の翌日から遅延損害金の請求をしても良いと思われます。もっとも、一般に「遅滞なく」とは、「直ちに」や「すみやかに」と異なり、ちょっと遅れてもOKのようなニュアンスで解釈することがあります。とすると、退去の1ヶ月後、精算書が届いた時(その翌日)、内容証明郵便で催告したとき(到達日の翌日)から、遅延損害金を起算するということも考えられます。
裁判所のひな形では「訴状送達の日の翌日」という記載例があります。しかし、1日も早く、利息の計算が始まる方がいいに決まっていますので、なんとなく「訴状送達の日の翌日」を選ぶのではなく、上記を参考に、少しでも有利な選択をしましょう。
次に、上記の例の「年3%の割合による」の部分は、敷金の遅延損害金の利率です。ここで、民法改正の影響が少しあります。
2020年4月に施行された改正民法の施行前までは、法定利率が、原則年5%、商事法定利率は年6%でした。改正後、商事法定利率は廃止となり、法定利率は1種類に一本化されました。そして、その利率は、今のところ年3%となっています。
これは、改正民法の施行前に締結された賃貸借契約についても、遅滞となった日が、施行日以降であれば、適用されます。
しかし、遅滞に陥った日が改正民法の施行前(つまり令和1年3月31日以前)なのであれば、施行後も変わらず5%あるいは6%です。大家が会社であれば、商事法定利率の6%です。また、個人の場合でも、個人事業主として賃貸業をやっているという状況があると、6%の請求が可能ですが、賃貸人がこの点争ってきたら、その証拠が必要となります。
ちなみに敷金は「無利息とする」という規定があるのが普通ですが、遅延損害金の請求は可能です。無利息とは、契約の時に敷金を預けた時から退去日までの賃貸期間中の利息は無利息ということで、ここで請求しようとしているのは、利息ではなく、遅延損害金ですので、請求が可能なのです。
訴訟費用の負担
訴訟費用とは、弁護士費用のことではありません。訴状に添付する収入印紙や、切手で予納する送達費用で実際に使用されたものや、出頭日当などのことです。このような費用は、訴状提出時に原告が納めるものや、自分自身の日当のように、現実には支出されないものなどがあります。このような訴訟費用は、敗訴当事者の負担とすることとなっており、全面勝訴を求める原告は、当然、訴訟費用の負担についても、被告に負担することを求めることになります。
ここでは深入りしませんが、訴訟費用を被告の負担とする判決がなされると、訴訟費用の確定の手続きを経て、実際に被告に負担を求めることができるようになります。
詳しくは、 https://www.courts.go.jp/matsue/vc-files/matsue/file/36-1kakuteisyobunnmousitatesyoteisyutunituite.pdf をご覧下さい。
仮執行宣言
仮執行宣言とは、本来、判決が確定して初めて強制執行が可能になるはずですが、判決により仮に執行できるとされた場合は、判決確定前に、強制執行ができるようになります。
このような裁判を求める場合、仮執行宣言を求めることになります。
裁判所の少額訴訟のひな形では、□にチェックするかどうかを検討することになりますが、仮執行宣言を求めることで、主張立証のハードルが上がったり、有利になったり不利になるとか、手数料が増えるということはありませんので、仮執行宣言を求めるため、チェックを入れましょう。
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