3 耐用年数を経過している
次に重要なポイントは耐用年数を考慮して負担額が決まるという点です。
たとえば、クロスを損傷してしまったという場合に、そのクロスがすでに6年以上経過しており、いずれにしても張り替えをすべき時期を経過していたのであれば、賃借人が負担すべき金額はゼロ〜10%程度となります。
具体的な計算方法
具体的には次のような計算式で算定します。
クロスの張替費用 4万円
クロスの耐用年数 6年
経過年数 3年2か月
上記のような場合、耐用年数の残りは、2年10ヶ月です。
つまり、クロスは、あと2年10か月分の価値しかないものだったので、それ以上の額を賠償する必要はないということになります。
具体的な計算式は以下のように計算します。
残存価値 2年10か月分 / 6年分 = 56.6%
負担額 40,000円 × 56.6% = 22,640円
反論記載例
被告の敷金精算書には、クッションフロアの張り替え費用として、5万円の全額が原告の負担として記載されている。しかし、クッションフロアの耐用年数は、6年であるところ、本物件の賃貸開始時にクッションフロアがリフォームされた形跡はなかった。原告の入居期間も4年を超えていることからすれば、すでにクッションフロアが耐用年数を経過していたことは明らかであり、原告が負担すべき金額は、あったとしても1円である。
ガイドラインでは、以下のように、主な修繕部位の耐用年数が記載されています。
畳表
経過年数は考慮しない。
畳床、カーペット、クッションフロア
6年
フローリング
経過年数は考慮しない。
(フローリング全体にわたる毀損等があり、張り替える場合は、当該建物の耐用年数で残存価値 1 円となるような負担割合を算定する。)
クロス
6 年
襖紙、障子紙
経過年数は考慮しない。
襖、障子等の建具部分、柱
経過年数は考慮しない。
設備機器
5年
・流し台
6年
・冷房用、暖房用機器(エアコン、ルームクーラー、ストーブ等)
・電気冷蔵庫、ガス機器(ガスレンジ)
・インターホン
8年
・主として金属製以外の家具(書棚、たんす、戸棚、茶ダンス)
15年
・便器、洗面台等の給排水、衛生設備
・主として金属製の器具、備品
当該建物の耐用年数が適用されるもの
・ユニットバス、浴槽、下駄箱(建物に固着して一体不可分なもの)
建物の耐用年数とは?
建物の耐用年数は、ガイドライン168ページに掲載されています。主な物をあげると、住宅用では、木造22年、鉄筋コンクリート造47年、軽量鉄骨19年または27年とされています。
経過年数が分からない場合
賃貸物件が新築であるとか、リフォームされていなければ、賃貸借の開始時点で新品だったわけではありません。その場合、残存価値は、どのように算定するか問題となります。
この点、ガイドラインは、経過年数が分からないことが多いので、入居年数で代替する計算方式を採用したとの記載があります(ガイドラインの13ページ)。入居期間が長い場合は、それでも構わないかもしれません。
しかし、便宜的な方法にすぎないので、実際経過年数が具体的に分からなくても、明らかに新品でなく、建物自体が建築後何年も経過しているような場合は、残存価値を1円とみて主張するべきです。
反論記載例
被告は、ガイドラインを根拠として入居期間分の耐用年数の経過の割合でのみ控除する計算方法をとっている。しかしながら、原告の入居の際に、クロスがリフォームされた形跡はなく、当時すでに相当期間の耐用年数の経過があったことは明らかである。本件建物は、平成20年に建築されたものであり、現時点で既に10年以上が経過しており、これまで一度もクロスの張り替え工事は行われていないと思われる。したがって、クロスはすでに耐用年数を経過しており、残存価格は1円であるから、原告の負担すべき報酬費用はゼロないし1円である。
耐用年数を考慮しない場合とは?
ガイドラインは、「建物本体と同様に長期間の使用に耐えられる部位であって、部分補修が可能な部位、 例えば、フローリング等の部分補修については、経過年数を考慮することにはなじまないと考えら れる。」としています。
これは、部分的に補修すると、「つぎはぎ」の状態になり、全体を張り替える場合には、結局全部を張り替えることになるため、一部だけの補修では全体としての価値が高まったとはいえないためです。
ところで、クッションフロアとフローリングの区別はついていますか。
フローリングだと思っていたものが、実はクッションフロアだったりします。
賃貸マンションは、クッションフロアの方が多いような気がします。
消耗品も耐用年数を考慮しません。
たとえば、 襖紙や障子紙、畳表といったものは、消耗品としての性格が強く、毀損の軽重にかかわらず価値の減少が大きいため、減価償却資産の考え方を取り入れることにはなじまないことから、経過年数を考慮せず、張替え等の費用について毀損等を発生させた賃借人の負担とするものとされています。
もちろん、これは、賃借人が注意義務を怠り、通常損耗以上の損傷が生じていることが前提です。通常損耗の補修費用を負担する必要はないですから注意してください。
建具の耐用年数を考慮しないのはなぜか。
建具とは、窓やドア、引き戸のことを指しますが、ガイドラインでは、柱なども同列に説明されています。
ふすまや障子も、紙の部分は消耗品であることが耐用年数を考慮しないりゆうですが、枠の部分は、別の理由で耐用年数を考慮しないとされています。
ガイドラインは、建具の耐用年数を基本的に考慮しない理由について説明していませんが、前記のフローリングと同様、建具自体は、長期間使用するものであり、特段の破損がなければ交換することは想定していないし、交換しても建物としての価値が増大するわけではないという評価があるためだと思われます。
耐用年数が経過して残存価値が1円であるのに賃借人が負担すべき場合があるか?
ガイドラインに次のような記載があります。
なお、経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく、そのため、経過年数を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得ることを賃借人は留意する必要がある。具体的には、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり、このような場合に賃借人が故意・過失により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となることがあるものである。
この記載は、非常にわかりにくい部分です。
本来、賃借人が原状回復義務を負うのは、故意過失により設備等を破損してしまった場合に限られます。そして、その場合でも、当該設備の耐用年数の経過によって負担額を差し引くと言うのが、ガイドラインの基本的な考え方のはずです。
この点については、別記事で詳しく説明します。